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アメリカ留学経験者の体験談

< アメリカ留学ガイド
投稿者 石川洋一 2001年02月09日 02:57
石田雪子さんという私の北海道時代の友人で、アメリカ留学経験者がいます。
彼女に、アメリカ留学の体験談を教えてもらいました。
石田雪子音楽博士 公式サイト:The Musical Friends of Yuki
国立音大を卒業してすぐ、ロンドンで“リトミック”という分野のレッスンを受けたことがあります。音楽は万国共通だと軽く考えてイギリスに渡ったのですが、授業の内容は細かい点になるとまるで理解できませんでした。
そこでいったん帰国。英語を学ぶためにペンシルバニア大学(フィラデルフィア)に入学しました。日本の音楽家は普通ドイツ語を学ぶものなのですが、私は英語を選んだのです。英語こそ世界の共通語であると認識していたからです。
私のアメリカ留学は、世界の音楽を学ぶために英語を学ぶ、という姿勢から始まったわけです。
ペンシルバニア大は非常に規模の大きい大学です。隣のドレクセル大を加えると、2つのキャンパスは1つの町といっても過言ではありません。
ペンシルバニア大には多くの日本人留学生がいました。小さなグループを作って行動をともにしているのです。私にも誘いがかかりました。
でも私は英語を学びにきたのだから、日本語は使いたくなかった。日本人グループとはできるだけ離れたところにいました。この行動の善し悪しについては、まだ私の中で結論が出ていません。
たしかにアメリカ人の親しい友人はできましたし、私の個性や英語力が伸びたのも事実です。
一方で日本人グループからは変人扱いを受けたり、日本人にとって必要な情報から疎外されるようなこともありました。
留学したら日本人とは交流しない。あるいは日本人と助け合う。このどちらも間違ってはいないでしょう。問題は程度だと思います。英語の勉強の邪魔にならない程度に、上手に日本人とつきあうことが必要なのかもしれません。
渡米して3ヶ月。クリスマス休暇がやってきました。12月24日の朝、私が目を覚ますと、寮の内部はもぬけの殻です。みんな自宅に帰ってしまったので した。
それから1週間、私は独りぼっちで過ごすことになりました。当時のフィラデルフィアは、現在のようにお店やレストランがたくさんある街ではありませんでした。しかも数少ないレストランもクリスマス休暇にはクローズしてしまうのです。
毎日毎日、インスタントラーメンをすすっていました。新年を迎える午前0時 になったとき、デスクの上にある時計に向かって「あけましておめでとう」と挨拶したことを、今でも鮮烈に覚えています。
1981年、私はテンプル大学の声楽部長のフィリップ・チョー氏と巡り会いました。
そこで専門をキーボードから思い切って声楽に変えることにし、テンプル大学に留学したのです。
テンプル大学もマンモス校です。私は大学院のコースに入りました。個人指導が充実しており、実技レッスンを重ねましたが、専門を途中で変えたせいもあり、修了まで3年かかりました。
テンプル大学を卒業後、やはりフィラデルフィアにあるコムズ音楽大学に入学しました。
とても小さな大学ですが、教授やスタッフがとても親切でアットホームなところです。
私はここで博士課程を学び、1989年5月に修了しました。修了後、教授のすすめでいくつかのコンクールに出場して優勝の栄冠を勝ち得たこともあります。
アメリカという国はどんな人にも平等に門戸を開いてくれます。私はチャンスを自分から奪い取るような気持ちで行動したつもりです。
これから留学する皆さんに、アドバイザーとして忠告したいのがホームステイ に関することです。
ホームステイを受け入れるホストファミリーのほとんどがボランティアであることを、まず認識して下さい。確かに実費の支払いはありますが、それによって利益をあげているような例は、少なくとも私の周囲にはありません。
テレビなどで報道されるホームステイの失敗談は、その多くが大都会に集中しています。そこからの教訓は留学する大学か責任のある留学センターから紹介されるホストファミリーを頼る、ということです。
しかし、残念なことに日本人留学生の中には、お世話になってすぐ「フロリダに遊びにいってきます」といって出ていき、そのまま姿を消す非常識な人もいるのです。
外泊を続け、時々帰ってくるようなアンモラルな学生もいます。これではホストファミリーが気の毒です。 善意のホストファミリーは、お金のために留学生を受け入れているのではないことを理解して下さい。「日本人はどんな人間なのだ」という好奇心も旺盛です。
留学生の無責任な行動が、対日感情を悪化させる場合があります。
アメリカに滞在する日本人一人ひとりが「日本」という看板を背負っているといってもいいでしょう。ぜひとも責任のあるプライドのある行動を取ってほしいと思います。
熊本県出身。国立音楽大学付属高校作曲科を卒業後、国立音楽大学リトミック専修を卒業。その後ロンドンにてリトミックの教えを受け、1980年渡米。テンプル大学卒業、同大学院声楽科修了。コムズ音楽大学にて、日本人女性で初めて声楽科博士号を取得。

マリオランツァ・コンクール、コムズ音楽大学百年記念コンクール、リベラッチ・コンクール(2年連続最優秀賞)、カスカリーノ・コンクール等に優勝。

これまでに、中原健二、板野平、花村光浩、溝上日出夫、アメリカではフィリップ・チョー、ドローレス・フェラーロ、故ダレル・ホブソンバード、ディヴィット・ロフトン、シルヴィア・リー、イタリアではマダム・ラズロ、故アリゴ・ポーラ、エウジーノ・フルロッティ、ラファエレ・コルテージ、ヴィットリオ・ロゼッタの各氏に師事。

現在ニューマン大学助教授、音楽学部主任、ユニオン・メソディスト教会のソリスト・音楽総監督を務めるかたわら、日本においても千歳国際高等教育村主講師、エビアン(フランス)のインターナショナル・チェンバー・フェスティバルの声楽主任、イースト・ウエスト・アンサンブル・インターナショナル・フェスティバルの総監督など世界中で国際文化交流のリーダーシップをとっている。

これまでにCD「アメリカン・ジュエル」、札幌交響楽団と共演の「ワールド・ミュージック・スタンダード・セレクション」をリリース。レクチャー・コンサートではアメリカの作曲家による新しい作品を日本初演として紹介。
2000年にはデュッセルドルフ公演、アメリカ領事館総領事マイケル・メザーブ氏と北海道・東北地方を廻り"歌を通してのアメリカ文化"のコンサートを行う他、2000年以降サントリーホール(東京)でのコンサート、札幌アメリカ領事館、アメリカ大使館での米独立記念式典における米国国歌斉唱、ニューヨーク9.11チャリティーコンサートシリーズ、ホテル・ニューオータニ・クリスマスディナーコンサートシリーズなど、世界各地で精力的に演奏活動を行っている。
2004年は日米国交150周年記念として、ニューポート黒船祭り、函館ペリー祭等、日米文化交流大使として活躍を続けている。
今後も、アメリカ公演、来日公演および講演等を行う他、欧米各地で精力的に幅広い活動を行う予定である。

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