5歳児の20%が英会話、夜型の子供は減少という記事を読みました。少し前の記事なので、事情は変化しているかも知れません。
「子どもの夜型化に歯止めがかかり、早寝早起きが増え、5歳児の5人に1人は英会話教室に通っている」 ベネッセが、東京、神奈川、千葉、埼玉の4都県の1歳半から6歳の子どもを持つ親約2,300人に実施したアンケートの結果だそうです。平日午後10時以降に寝る子は、95年32%から00年39%に増加したが、今年は29%に減少。 平日午前7時前に起きる子は増え続け、それぞれ33%、37%、43%だった。(中略) 「子どもの夜型化が報道され、親の意識も変わったのだろう。全般に、少子化で、保護者が子どもの少ない分、大切に育てている様子がうかがえる」 というコメントも。(中略) 英会話など語学教室に通うのは全体の14%で、5年前の5%から大幅増。 年齢別では2歳児7%、3歳児10%、5歳児21%、1歳児も3%いた。(以下略)。・・・・少子化で子どもに監視が行き届き・・・・ この記事に目を通して感じた印象は「ああこれで日本の未来も少しは明るく国際的になるかな」でしょうか?私はまったく別のことを思ってしまいました。
早寝早起きの増加
これって子どもの数が減って親の目が行き届くようになってきた成果だ、ということですよね。
筆者は元小学校の教員だったのですが、受け持っていた子どもで、何事にも積極的で学校生活でもつねにけじめをもって主体的に生活できる、とても意欲的なKさんという女の子がいました。
夏休みに保護者との個別懇談会があったときに、Kさんのお父様に「Kさんのことだから毎日規則正しい生活をご家庭でもされているとは思いますが、夏休みも早寝早起きして元気にすごさせてくださいね」と言いましたところ、お父様からはこんな返事が返ってきました。
「先生、うちでは特に子どもに早く寝なさいとか早く起きなさいなんてしつけはしていませんよ、子ども自身が明日は何時に起きなければならないから何時までに寝ようと考えて行動しています。そういうことを親が全部決めてしまうから子どもが考えることがなくなってしまうんじゃないでしょうか?」
私ははっとさせられました。そうか、それでKさんはまだ2年生なのに学校でも人から言われなくても自分からなんでもやっていけるんだな、と納得しました。
目が行き届くというのは親にとっても先生にとっても安心です。でもそれが本当にその子の成長のためになっていることかどうかとはまったく別の話なのかもしれません。
「子どもは放っておいたらダメな子になる」という決め付けですべてを大人の監視下に置こうとすると、子どもを自分でなにもできない人間にしてしまうかもしれないです。
ぐっとこらえて、もっと子どもを信頼して、失敗したときにはきちんと面倒を見てやる、そんな懐の深さがあってもいいのではないでしょうか?
子どもを英語漬けにする前に…
次に英会話についてです。
確かにとくに都市部の子どもに見られるこのような変化は、少子化による親の意識の変化の現れといえそうです。
英会話に通う子どもが増えているのは、小学校から英語教育を導入しようという全国的な学校の動きから当然生じる親の反応だと言えます。
学校教育のもっとも重要な規定である学習指導要領にも英語教育の授業についてこと細かい決まりが書いてあるにちがいないとページをめくってみます。
しかしどこを読んでみても、政府が英語教育を義務化している、という事実はありません。
現在の英語教育の加熱は、学習指導要領における「総合的な学習の時間」の次のような「学習活動」の規定から起こったものです。
「各学校においては、(中略、引用者)、例えば国際理解、情報、環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、児童の興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などについて、学校の実態に応じた学習活動を行うものとする。」(平成10年改訂小学校学習指導要領総則より)
少子化をもっとも危惧していたであろう教育産業がこの文言に大きなビジネスチャンスを見出しました。
(というよりも不況の中企業にビジネスチャンスを与えるためにこのような文言を埋め込んだとも思えてしまいます。)
英語教育をあたかも義務化されたかのような風潮を産んだのは大手教育産業の経営戦略によるものということは否定できないでしょう。
書店でも、英語学習が小学校段階から導入されるぞ、ということで、学参コーナーでは小学生のための英語の教材が棚をどんどん埋めていきました。
しかしながらこの学習指導要領の文言を読む限り、国際理解を総合的な学習の学習活動のひとつとして設定してもよい、というだけで、地域の実情によっては(たとえばとくに環境問題に疎くなりがちな都市部の学校では)一年中環境教育を徹底して行ってもよいわけですし、また国際理解教育として外国人不法労働者の問題を1年かけてじっくり考えてもよいわけです。
しかし福祉や環境の問題は地域や学校の実情に大きく左右され、画一的に教材を大量生産して教育量産のようなことのできにくいジャンルです。
環境教育はまさに地域密着型の事情があり、特に都市部では取り掛かりにくい題材です。
また福祉教育では体験学習として地域の福祉施設やお年寄りとの交流といった形になりやすく、なかなか教育産業の入り込める余地はありません。
そこでもっともお金になりそうな英会話が教育産業から目をつけられあおられた結果、あたかも総合学習=英語学習のようなムードが出来上がってしまい、5人に1人が英会話という時代を作ってしまった、という図式が容易に想像できます。
ある自治体ではいきなり年度末に各校の教務担当教員が英語教師派遣会社から招集をかけられ、
「来年度から私たちの会社の優秀な外国人講師が各校を巡回し、英会話の授業をしに参ります。」
という発表をされ、現場教員が猛烈な抗議を出したにもかかわらず早い学校では1ヵ月後には英語の時間をスタートさせられた、なんていうこともあったようです。
「はじめに英語学習ありき」というもので、そこには学校や地域の実情も願いも、そしてなによりはっきりとした学ぶ理由もない、ただ経済政策に流されていく、そんな大人のエゴを包み隠すかのように、今日も子どもたちが楽しみにする英語の授業が各地で行われています。
子を持つ親の方に。
何を学ぶのかは子どもが自分で決めなくてはなりません。でも何を子どもたちに提示していくか、それは私たち大人が次の世代の子どもたちに対してになっている大きな責任だと思います。
英語にせよなんにせよ、子どもに何かを学んでもらおうとするからには、どうしてそれを学ばなければならないのか、きちんとした理由を見据えた上で最良と思われる選択をしてほしい、この記事からそう思いました。
小さいころ、母がいっしょに田んぼに行ってザリガニやカブトエビなんかを捕りにいってくれたことを思い出します。学校のテストの点数にはなりませんでしたが、思い出と一緒に今でもその体験は自然を愛する心の支えとなっています。
高いお金を払って英会話学校へ行く前に、道端に生えた草の名前やベランダに迷い込んだ虫の名前を子どもたちと一緒に調べてみてはいかがですか?
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